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東京高等裁判所 昭和28年(う)3858号 判決

控訴人 梶山徳蔵

弁護人 関山忠光 島田満

検察官 中条義英

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審に於ける訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人本人及び弁護人関山忠光、同島田満の各控訴の趣意はこの判決の末尾に添附した各控訴趣意書に記載する通りである。

これに対して次のように判断する。

一、被告人の職務は公務でないという論旨(島田弁護人の論旨第二及び被告人本人の論旨一乃至三)について

国有鉄道共済組合は、日本国有鉄道法第五十七条によつて全面的に準用される。国家公務員共済組合法第三条に基いて昭和二十四年二月十日達第七十号国鉄共済組合運営規則なるものによつて組織されたものであつて、日本国有鉄道総裁がその代表者となり、国家公務員共済組合法所定の事業を行つていること、その事業の内、同法第六十三条第五号掲記の事業即ち「組合員の需要する生活必需物資の買入又は売却」の事業を行うために、前記運営規則第四十九条に基き、昭和二十五年八月三日総裁達第四百二十二号国鉄共済組合物資部規程なるものが定められ、物資部の本部を国鉄の本庁に、また各鉄道管理局及び志免鉱業所にその支部を置き、その下に事業所、食堂、配給所などを設け、その事業は国鉄本庁の厚生局長がこれを統轄し、各支部の管理者には、各鉄道管理局長及び志免鉱業所長がこれに就仕し、またその下に専任の支部物資部長を置き、支部管理者の命の下に支部の業務を処理せしめ、又本部及び支部の事業所長、配給所主任等は前記物資部規程により、支部の管理者である各鉄道管理局長又は志免鉱業所長が任命することに定められているばかりでなく、その取扱うべき物資の購入、配給についても同規程に詳細に規定されていることが認められ、また国鉄総裁は大蔵大臣の承認を受けて、国鉄職員を、その身分のまま、国鉄共済組合の事務に従事せしめることのできることも、国家公務員共済組合法第七条の規定によつて明らかなところである。換言すれば国鉄共済組合は、所属組合員の私生活上の福祉向上を目的とするものであつて、もとより国家の行政事務を行う国家機関ではないけれども、前記の如き法令に基いて組織せられ、公務員たる国鉄従業員の相互救済、福利増進を目的とする団体であつて、これが業務の運営についても、前叙のように一々法令又は総裁達によつて規定されているのであつて、かくの如き法令に基く組合業務の執行は、国鉄総裁以下各鉄道管理局長の国家に対する職務に属することは勿論であるから、前記のように、国家公務員共済組合法第七条によつて国鉄部内の職員がその身分を保有したまま国鉄共済組合の事務に従事する場合に於ては、その業務の執行は、その職員の公務員としての職務に属するものといわなければならない。

而して、原判決が証拠によつて確定したところによれば、被告人は本件犯行当時、日本国有鉄道法第五十七条、国家公務員共済組合法第七条に基き、国鉄職員たる身分のまま、国鉄共済組合物資部水戸鉄道管理局支部の仕入係として、同支部の管理者である、物資部長の命を受け、同支部に於て、取扱う各種商品の購入に際し、その品目、数量の選定、価格、品質の査定、竝びに売込人から見本、見積書の徴収、売込人の信用調査及び売込人の選定等同支部の取扱う物資の購入及びこれが準備に関する事務を担当していたことが明白であるから、前叙のような理由により、被告人の担当していた事務を公務と解すべきことは当然であつて、これに反する所論はいずれも採用し難く、論旨はすべて理由がない。

一、被告人には裁量権なく、従つて職務上賄賂を収受すべき余地なしとの論旨(関山弁護人の論旨第一点の三、島田弁護人の論旨第三、及び被告人本人の論旨四)について

国鉄共済組合物資部水戸管理局支部の物資購入に関し、その最終的裁定権は、同支部物資部長に属することはまことに所論の通りであるが、原判決挙示の証拠によれば、被告人は同部長の下にあって、その命を受け各種商品の購入に際し、前説示のような物資購入の事務又はその準備の事務を担当し、同物資部に出入りする商人と直接折衝する立場にあつたことが明白であるから、同物資部に於ける商品買入れの方法が、仮に所論のようなものであり、被告人の独断で事を決することはできない機構になっていたとしても、なおその間業者の選定や買入品目、数量、価格の決定などについて、被告人の意見が加わりうる余地が存していたことが認められるのである。換言すれば前叙のように、商品買入に関する最終的の決定権は法規上物資部長に属するとはいえ、被告人の意見は、事実上、物資部長の右決裁に相当重要な影響を与うべきものであったことが窺われるから、被告人が全然裁量の権限を有しない機械的労務者に過ぎなかつたという所論は採用できない。また原判決は、被告人が賄賂によつて不正の行為をしたということは勿論、請託を受けたことさえも認定していないのであるから、仮に被告人が所論のように不正行為をしていなかつたとしても、本件犯罪の成否には影響がない。要するに被告人の担当する職務は賄賂の介入する余地なしとは断定できないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久札田益喜 判事 武田軍治 判事 下関忠義)

関山弁護人の控訴趣意

第一点原判決には事実の誤認があつて、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三、而も被告人には相手方たる各業者に便宜供与等の出来る裁量面決済権が全く存しなかつたことは近藤不二夫(水戸鉄道管理局厚生課長)の証言、証拠物たる配給物資価格表、国鉄共済組合物資福祉会計決算資料抜萃によるも明らかである。

更に右証拠並に斎藤酉松(物資部事業所長)の証言によれば被告人の物資部はその成績優秀(優良品質を最低廉に仕入れ組合員の福祉を計つた点)なること国鉄共済組合中最右翼であつたことが看取され、従つて業者に対し特別な便宜供与等の不正をなし得る余地もその意図も更にその痕跡も全く存しないのである。

被告本人の控訴趣意

一、法規上の職務でない。日本国有鉄道公社の職員は公務員と異り一般には公社職員として取扱はれ公務員に準じた地位におかれています。水鉄局号外達には一応担当の係りは定められておりますが法規上の職名ではなく辞令面の職名は単に「総務部厚生課勤務」となっております。

二、担当職務についての心構え。現在の賃金ベースでは職員の家庭生活が比較的恵まれない状態にあるので之等の状態を少しでも緩和して職員が後顧の憂なく安心して職務に精進出来るよう常に家庭物資の面に於て良質安価な商品を配給し市価との差を平均二割安に目標をおき以て実質賃金の昂上を計るのが目的です。

三、取扱物資の性質私達の職務は鉄道本来の目的のために使用される業務上の物資(用品、資材等)とは全く異り共済組合とゆう組合の仕事で専ら一般家庭に日常使用される物資でありますから大都市の一流デパートにも亦片田舎の小売屋の店先にも全国到る処の店頭に有るとゆう商品でメーカーも価格も意匠も誰でもが良く知っているとゆう物資であります。

四、取扱物資の購入、数量、其他に対し決定権のないこと。私に仕入其他についての決裁権のないことは厚生課長、事業所長その他の証言により明瞭な通りですが大体の購入順序を次に述べますと、(イ) 取扱う品物を決定するには販売面(配給所)からの要求、労組で行う物資部に対するアンケート、地域的に随時行う利用者懇談会、物資部に対する投書箱、月一回程度行う仕入会議、過去三ケ月の平均実績及前年度の実績、物資の変動に伴う需給状態等種々なる条件があって、決定されるのです。(ロ) 業者の選定(取扱い物品の決定後)は出来るだけ多くの業者より見積書を徴し、必要により見本品を提出させ利用者に選択させる、業者の信用、資力の程度を調査し、品質、形状、性態其他を比較検討する。書類を整え所長に提出、次に厚生課長(物資部長)へ、管理者へ之等は何れも会議の席上で詳細検討されますが私達も時に応じその情況、其の他につき意見を申述べることがあります。(ハ) 価格の基準となる資料は、月に一回程度東鉄局物資部につき価格を検討してここの物資部で生れた価格を基準とし参考として常にこの価格より下廻るよう努力しておりました。東鉄物資部は職員の数も販売高も水戸の約十倍ありここには常時東京所在の大商人が集り鎬を削つて競走しておりますのでここで生れた価格を基準として研究してゆけば絶対間違はありません。相場の変動は常に経済関係の新聞、雑誌、メーカーニユース、その他により研究しておりました。(ニ) 配給物資価格表全国二十七局の物資部では一斎に偶数月の十一日を期し配給物資価格表を発行し本庁物資部本部を介し価格表の交換を行つていますが取扱商品は大体同様な物で其の種類は三五〇乃至四〇〇程度となつております。この価格表で見ると価格も殆ど同一線上に並んでいるので水戸だけが独りこの線より上廻るということは絶対に出来ないので私達は常にこの線より如何にして下廻ることができるかと日夜努力研究しているのであります。昭和二十八年二月十一日発行の価格表をご覧下されば市価との開き、他物資部との比較対照も一目瞭然で水戸の物資部が利用職員のため如何に努力してきたかということは直に御了解して頂けると思います。

以上のように購入その他についても種々なる原則と順序とがあつて我々の独断裁量で単純に仕入する等の如きは絶対に出来ないような仕組になつております。私達はそれ等に附帯する事務を担当し資料の蒐集市況の動き等を常に注意しこれ等の業務が順調に進行するよう勤めてきたのであります。

島田弁護人の控訴趣意

第二、本件ハ職務ニ関スルヤ否ヤ、刑法ニ所謂職権職務ハ凡テ法令ニ基クヲ要ス、本件ノ証人近藤不二夫ノ第一審公廷ニ於ケル証言ニ依レバ、国家公務員共済組合法第五十七条ニ因スル国鉄共済組合運営規則ニ基キ物資部ガ設ケラレ、然シ各物資部例バ水戸ノ物資部内ノ仕入、庶務、計算、会計等ノ事務分担方法ヲ各支部管理者、例バ水戸支部管理者ガ任意ニ定ム可シトノ法規ナシ即チ、此法規ニ基カズ各支部管理者ノ任意ニ事務分配ヲ定メ居リ水戸支部管理局ニ於テモ同管理局長ガ任意ニ「達第六条」ヲ定メ是ニ因リテ、仕入、計算、会計等ノ事務分配ヲ定メタリ、然乍、達ハ訓、達ト併称セラレ行政上官ガ下級官ニ対スル行政事務取扱方針ニ関スル訓示ニ過ギズ、断ジテ法令ニ非ズ、サレバ水戸物資部ノ仕入事務ハ法令ニ基ク職務ニ非ズ此点ハ法ノ不備ナルヤ否ヤハ別個ノ問題ニ係リ、水戸物資部ノ仕入ハ法令ニ基カザル一ツノ事務ニ過ギズ、職務ニ非ズ従テ仕入事務ニ関シ金銭饗応ヲ受クルモ収賄罪ヲ構成セズ抑モ国鉄ガ列車ノ運転、貨物ノ輸送等ニハ制服制帽ヲ着用セシムル等其ノ他厳格精密ナル規定ヲ設ケタルニ拘ラズ、何故ニ物資部ニ限リ、斯ノ如ク法ノ不備タラシメ厳格精密ナル法規ヲ設ケザルヤ此根本理由ハ仕入事務ハ謂ハバ商人ノ仕事ナリ業者カラ市価ヨリモ、安値ニテ仕入レ国鉄労働組合員並家族ニ安価ニテ配給スル其為ニハ商品ノ品質ヲ検討シ価格モ研究シ業界ノ内情ニモ通ジ業者ト懇談交際ヲ為シ常ニ親密ニシナケレバナラヌ、外国ハ兎モ角、日本ノ商人仲間ノ交際ニハ待合ニ芸妓ヲ呼ビ或ハ温泉場ニ招待スルコトハ、常ニ商慣習トシテ現行セラレ、水戸物資部ノ仕入係リ、名ハ準公務員ナルモ実質ハ商人ノ仕事ヲ業トシ、其服装モ平服ニシテ一般商人ノ服装ナリ、サレバ純然タル公務員ニ非ズ準公務員ナリ、物資部自体ガ一見営業会社ノ観ヲ呈ス、斯ル物資部ニ法令ニ基ク厳格精密ナル規定ヲ必要トセズ、仕入事務ノ如キハ、支部管理者ガ適当ニ、ヨロシク部下ニ、配分スレバ足ル、此点ヨリ考フルモ仕入ハ、職権職務ニハ頗ル縁遠キコトハ、現場ヲ一見スレバ成程ト思ハルル故、是非水戸物資部ノ御検証ヲ御願致シマス。

叙上ノ通リ本件ハ職務ニ関セザルコト明白ナルニ依リ無罪ナリ。

第三、仕入ノ方法ニ付キ証人近藤不二夫及斎藤酉松ノ第一審公廷ノ証言ニ依レバ、業者ヨリ見積書ヲ出サセ、商品ノ品質、価格、業者ノ信用等ニ付キ国鉄労組代表、組合員家族ノ意見、仕入係リノ報告ヲ綜合シ予メ東京ノ本部ヨリ指示セラレタル国鉄共済組合物資部指定ノ配給値段表ト照合シ物資部長ガ仕入ノ品、数量、値段ヲ決済スル、此決裁権ノアルノハ物資部長一人ノミナリ、斎藤酉松ニモ決裁権ナシ況ヤ其配下ナル梶山如キハ仕入ヲ左右スル権限ナキノミナラズ仕入ハ衆人看視ノ下ニ公然ト公行セラレ、仕入係リノ梶山ガ特定ノ業者ノ利益ヲ計ルコトハ絶対不可能ナリ、然ラバ梶山ハ単ニ仕入事務ヲ取扱フトコロノ機械的労務者ニ過ギズ、此機械的労務者ガ金銭饗応ヲ受クルモ職務ニ関スルトハ謂ヒ難シ、然ラバ本件ハ収賄ニ非ズ無罪ナリ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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